ミステリアスな女性

このストーリーはフィクションであり、登場人物名などは仮名(架空)であり、実在のものとは関係ありません。

■ はじめての会話


桜満開の4月の上旬。私は派遣会社からある会社のアプリケーション開発のエンジニアとして出向業務を行うことになった。期間は半年の短期契約。数百人の社員がいる大企業で役割分担がきっちりされているので余計なことを考えずに済む楽な業務であった。私の席は偶然にも一番右端だったので、気が楽だったというのもあった。

勤務開始日から一週間ほど経った。いつものように出勤して席に座って業務をはじめていたのだが、私の左斜め前に座っている女性のことが気になっていた。その女性は綾瀬里緒という私より二つ年下で、背丈は155cm程で、黒髪のセミロング、ほっそりしたシャープな目に少し低い鼻、特別可愛らしいとも美人ともいえないがどこか謎めいた雰囲気があった。綾瀬里緒は私と同じ開発チームのメンバーの一人で、仕事で話しかけることはあったが、クールな感じがして言葉数が少ない。いつも昼休みになると一人で社員食堂へ行き、戻ってくるとじっとパソコンの画面に向かって何かを見ているのだ。勤務時間が終了すると「お疲れ様でした」と言って、一人でさっさと帰っていく。私は、いつも一人でいるそんな綾瀬里緒が何者なのか興味があった。

それからさらに一週間ほど過ぎた金曜日の夜、開発チームのリーダーが主催した歓迎会に参加することになった。歓迎会は自由参加だが、開発チームのメンバーは出来る限り参加してほしいという要望もあり、一部を除いたほとんどのメンバーが参加することになった。歓迎会は会社近くの居酒屋で、予約していたのは座敷だった。私はいつものように一番右端に座ったのだが、向かいの席に座ったのが綾瀬里緒だった。開発チームのリーダーが乾杯の音頭をとり、それぞれがドリンクを一口飲むと周りがざわざわと話しはじめた。私はこういった大勢の場所で群れて話すのはあまり好まないので黙っていたのだが、向かいの席をチラリと見ると綾瀬里緒も黙ってドリンクを少しずつ飲んでいた。私と同じで一人でいるのが好きなのか?大勢で群れるのを好まないのか?私の頭の中で疑問だらけが飛び交った。向かいの席だし思い切って話しかけてみようかと思ったが、なんとなく最初は勇気が出なかった。私はドリンクをゴクリと飲んで気持ちを落ち着かせた。そして、話しかけてみた。

「綾瀬さん、ちょっといいですか?」

ふっと私と目を合わせた綾瀬里緒。それは少し冷たい感じに思えた。

「なんでしょう?」
「あの、綾瀬さんって昼休みとかいつも一人ですよね?」
「はい。そうですね」
「どうしていつも一人なんですか?」
「あなたも、いつも一人じゃないですか?」
「俺は、一人のほうが気が楽なんですけどね」
「アタシも同じですよ」
「そうですか。今も誰とも話してないみたいですけど、大勢で話すのは苦手なんですか?」
「そうですね。あまり得意じゃありません」
「俺も得意じゃないのでわかる気がします」
「そうなんですね。あなたも同じなんですか」

これで会話が途切れてしまった。なんだこの女は?感情を現さないタイプなのだろうか。特に思い詰めたり、悩んだりしてる表情でもない。会話が苦手というより、人の話はちゃんと聞いてるような感じだが、自分を外に出さないタイプなのだろうか。短い会話だったが、余計に疑問が増えた感じだった。まさに謎というべきミステリアスな女性。私はそんな綾瀬里緒に深く興味を持ちはじめた。
結局、その後は私も他の人に話しかけられれば返答する程度のことしかしなかった。そして時間は過ぎていって歓迎会は終わった。歓迎会が終わると綾瀬里緒はいつものように「お疲れ様でした」と言ってさっさと一人で帰っていった。

週明け、いつものように出勤すると開発チームの業務振り分け表が配られた。どういうわけか偶然にも私と綾瀬里緒の担当業務は同じで共同作業するということになった。私は開発チームのリーダーから耳元でこっそり「綾瀬さんは扱いにくいかもしれないけど、頑張ってね」と囁かれた。それを聞いた私は他の人達も綾瀬里緒を扱いにくい存在と見ているのかと思った。確かに、言葉数が少なく、いつも一人でいて何を考えてるのかわからない印象なのだろう。しかし、私はこれはある意味チャンスだと思った。共同作業ということは綾瀬里緒と会話ができる機会が増えるのは、興味を抱いている私にとって好都合なことなのだ。私は一応、挨拶だけしておこうと綾瀬里緒の席へ行き「よろしくお願いします」と言うと「こちらこそよろしくお願いします」と返答された。やはり言葉に感情がない。

それから共同作業がはじまったが、ほとんどはメッセンジャーでの会話だった。メッセンジャーでの文字数も少なく感情すら見えない。まるで機械と話してるような感覚になることすらあった。そんな綾瀬里緒だが、私はさらに興味を持ちはじめてしまった。この先、どうなっていくのかわからないが、何か作戦でも考えようかと思っていた。

■ 好奇心と作戦

ある日の夜、私は帰宅して家のベッドに横たわりながらいろいろ考えていた。綾瀬里緒という存在は私の好奇心を掻き立てている。一体、彼女はどういう人間なんだろうか?仲良くすることはできないのか?二人の距離を近づけることはできないのか?自分の感情を出さないのでこちらも見抜けない。情緒不安定でもなければ淋しさがあるとも思えない。共通点といえば一人でいるほうが楽ということと、大勢の前で話すのが得意でないことくらいだ。メッセンジャーでも必要最低限のことしか話さないので会話がはずまない。どうしたものか・・・その前に、私は綾瀬里緒をどうしたいんだろう?ただの興味本位なのか?この掻き立てられている好奇心は一体何だろうか?いつもの悪い癖・・・そうか、私は綾瀬里緒に惹かれてしまっているんだ。あのミステリアスな部分の正体が知りたいんだ。おそらく周りの人間からは扱いにくくて話しにくいと思われてるようだが、私はそんな彼女と親密な関係になりたいんだ。それは相手が難しければ難しいほど燃え上がる。まだ恋愛感情とまではいかないが、好意を持ってることは間違いない。さてどうするか?

私は頭の中を整理してみた。まず綾瀬里緒は感情を出さない。つまり心を開かないタイプだ。そして集団でいることを嫌っていつも一人でいる。何をしているのかわからないが、昼休みは昼食後に一人でパソコンの画面に向かって何かを見ている。ときどき考え事をしている時もあるようだが、それはあまり気にしなくていいだろう。私のこれまでの攻略法を使うには心を開いてもらわないといけない。こちらが自己開示しても、おそらく簡単に心は開かないだろう。だとすれば、毎日一つか二つずつこちらが自己開示をしていって心を開いてくれるまで待つしかないのかもしれない。それまでは今のままの距離感でいていいだろう。そして綾瀬里緒が感情を現した時こそ、次の段階へ進める時なのだ。その次にすることはどんな会話をすれば盛り上がるのかが問題だ。この際、いろんな話をしてみよう。もしかするとマニアックな話に興味を持つかもしれない。話題が盛り上がったところで次の段階へ進む。今度は心と心で会話することだ。ここまでくると綾瀬里緒も本音をむき出しに話してくるはず。この三段階を経て後は二人の関係がどうなるかはその時になってみないとわからない。一番難しいのは第一段階の心を開かせることだろう。無理に引き出そうとせず、ゆっくりと気長に待ち続けていれば、いつかその時は訪れるはず。全体的に焦らずせかさず待つこと。あとは、私と共通点があるとすれば干渉されるのは嫌なはずなので、そこは注意しなければならない。第一段階は根気が必要か。心さえ開いてくれれば、後は話題の問題なので楽になるだろう。つまり第一段階は信頼関係を構築して心を開かせる。第二段階はいろんな話題を振って盛り上げていく。第三段階は心と心で会話をして共感していく。作戦はこれでいって、綾瀬里緒を攻略するのはその後、私の感情がどうなっているかで決めればいい。それでは明日から第一段階を開始していこう。

次の日から私はメッセンジャーで『俺、変わり者なのでおかしなところあったら言ってください』、『左端の席の人ってオタクっぽくないですか?』、『俺、集団で何かするのあまり好きじゃないんで、開発メンバーと違うことしてたら言ってくださいね』、『今日はすごい雨ですね。こんな日はあまり外に出たくないって思いませんか?』、『この部分の作業は難しくて面白いです。俺、好奇心旺盛なのでわからないことを知りたいタイプなんですよね』などの言葉を付け足して送っていった。忙しい時は一日一回、忙しくない時は一日二回ほど、ゆっくり少しずつ自己開示するような言葉を入れたり、少し質問したりしていった。綾瀬里緒の返答は『そうですか。わかりました』や質問された時の返答は『そうかもしれませんね』と必要最低限の言葉ばかりだった。それでも私は根気よく続けていった。ポイントはあまり深い部分の話をしないことと、相手に関する質問をしないことだった。まさに根気勝負だったが、いつか心を開いてくれる日がくるだろうと思いながらこの距離感を保ちながら続けていった。第一段階を実行して三週間が経ったが、まるで変化がない。もうこのままの状態が続いて、契約期間は終了するのだろうかという不安がでてきた。しかし焦ってはならない。ゆっくり進めていって待つしかないと自分の心に言い聞かせた。ここでたくさん話しかけたりすると今までコツコツやってきたことが全て無駄になる。気を取り直して私は続けていった。

第一段階を実行してもう一ヶ月が過ぎた。綾瀬里緒の返答に変化はない。私は自分が考え出した方法に間違いがあったのかもしれないと思いはじめた。しかし、この手のタイプはあまり話しかけたり、質問攻めにしたりすると、引かれてしまう可能性がある。メッセンジャーだけで自己開示しているのがダメなのかもしれない。仕事で話しかけた時に、何か一言入れておくのがいいのかもしれない。しかし仕事で話しかける機会は一日一回あるかないかだ。どちらにしても仕事で話しかけた時にちょっと自己開示的な一言を付け加えようと思った。私は仕事で綾瀬里緒の席に行って話しかけに行った時にメッセンジャーでも言っていたように「俺は変わり者だからおかしなことあったら言ってね」や「集団で何かするのはあまり好きじゃないから、一人で走ってたら止めてね」など一言入れるようにしていった。

第一段階を実行して一ヶ月半ほど経ったある日、私はメッセンジャーで『共同作業もあと二週間で終わるけど、それからは集団活動になるですよね。綾瀬さんと二人で作業してるほうが気が楽だったんですけどね』と言ってみた。すると綾瀬里緒は『そうなんですよ。二人で作業してる時のほうが気が楽ですよね。アタシも集団活動って苦手だから不安というか、いろいろ気を遣わないといけないのでしんどいんですよね』と返答してきた。綾瀬里緒がはじめて自分の感情を話したのだ。ここから、さらにゆっくりと心を開いてもらおうと思って、私は第一段階を続けていった。そして第一段階を実行して二ヶ月程経った時には綾瀬里緒は自分の感情を出して話すようになっていた。私が根気よくコツコツとやってきたことが実ってきたのだ。

■ 難しい会話

綾瀬里緒はすっかり自分の感情を話すようになって、いろいろわかってきた。契約社員であること、一人でいるほうが楽なことや集団行動が苦手なことの他に、マイペースであること、人にあまり興味がないこと、好奇心というより知らないことを知りたがるタイプであること。なので、そろそろ第二段階へ進もうと考えた。私はメッセンジャーで趣味の話や好きな音楽や映画の話をするようにした。音楽の話で少し盛り上がったのだが、他のことは会話が途切れてしまう。テレビもあまり見ないようなのでドラマの話題などしても盛り上がらないのはわかっていた。まあ、私もテレビはあまり見ないのでそれは助かったところでもあった。綾瀬里緒は一体何の話に興味を持つのかわからないが、一般的な話題では盛り上がらないことはわかった。そこで、私の頭の中でふと思い浮かんだのが『知らないことを知りたがるタイプ』という部分。ということは少々難しい話や、私が持っている知識の話をすればどうだろうかと思った。真面目な話になるが綾瀬里緒がそんな話に興味を持ってくれれば話題は盛り上がるに違いない。そこで私はメッセンジャーで『綾瀬さんって昼食後にいつもパソコンで何を見てるんですか?』という質問をしてみた。すると『エッセイを読んでいるんです』と返答がきた。どんな内容のエッセイを読んでいるのか聞いてみると、少し難しい人生論などのエッセイだということらしい。それであれば、やはり私の得意とする話題かもしれないと思った。しかしこんな話はメッセンジャーでとても話しきれない。そう思った私はメッセンジャーで食いついてくるかどうか試すために『エッセイじゃないけど、俺は心理学とかそういう本なら何冊も読んでますよ』と言ってみた。すると綾瀬里緒は『そうなんですか!どんな心理学の本を読んでるんですか?』と返答してきた。これはどうやら興味があるように思えたので『いろんな心理学の本を読んでますよ。あと哲学的な本も読んでいます』と言っておいた。すると『いろんな心理学ですか!面白そうですね』と興味津々な感じで返答をしてきた。これだ!と思った私はメッセンジャーではとても話しきれないので、一度昼食に誘ってみようと思った。

次の日、私は出勤した後、綾瀬里緒の席にいって「共同作業ももう終わるし、一度くらい一緒に昼食に行きませんか?」と誘ってみた。すると「いいですよ」と案外簡単に誘うことができた。昼休みになって二人で社員食堂へ向かった。二人とも偶然にハンバーグ定食を注文した。四人テーブルに座ったが、私は昼食をとりながら話がしたかったのでわざと斜め横に座った。向かいに座ると目のやり場に困って緊張する可能性があるからだ。そして昼食中に私は「食後にコーヒーでも飲みながらちょっと話をしませんか?」と言った。すると「いいですよ。何の話をするんですか?」と言ってきたので「まあ、心理学の話でもしようかなって思ってるんですけどどうですか?」と言った。一瞬だったが綾瀬里緒の目が興味津々で輝いたのを見逃さなかった。昼食後、トレーにのせた食器を返却口へ持っていき、自動販売機でコーヒーを買ってテーブルに戻った。そして私が話を切り出した。

「心理学といってもいろいろあるんですが、そうですね・・・私の好きな心理学者の言葉があるんですよ」
「心理学者の言葉ですか?どんな言葉なんでしょう?」
「えっとねエリックバーンの『他人と過去は変えられない』って言葉が好きなんですよ」
「へえー確かにそうですね。他人と過去は変えられませんよね」
「でも俺は、それを変えることができるたった一つの方法を知ってるんですよ」
「そんな方法があるんですか?他人と過去ですよ?」
「それは捉え方を変えるという方法です」
「捉え方を変えるってどういうことですか?」
「他人や過去の見方を変えると、他人の姿や過去の出来事に対する感情を変えることができますよね?」
「なるほど。それが見方を変えるということは捉え方を変えるということなんですね」
「そうです。苦手な人だったり、嫌な過去も違う見方をすれば、それに対する感じ方も変わるってことですね」
「たしかに違う見方をすれば感じ方は変わりますね。それをするのは難しそうですけどね」
「訓練というか、あらゆるものを別の視点から見てみるってことを意識していくと出来るようになりますよ。それが出来るといろんなものが見えてきますよ」
「それは自分の中の世界が広がりそうですね!」
「心の複眼視という感じですね。世界が広がりますよ」
「アタシもやってみようって思います!」
「あとは哲学的だけど、ある小説家や精神医学者が言ってた言葉があるんですが、これは私が今でも信念にしていることなんです」
「なんですか?」
「それは『自分という価値はこれだけのもので、これ以上でもこれ以下でもない。利己心や見栄は実質以上に自分を良く見せようとするあさましい心』ってことです」
「自分という価値ですか。難しいですね。アタシも自分の価値ってわからないですが、見栄を張って自分を大きく見せようとする人いますよね」
「そうなんですよ。俺も自分の価値なんてわからないですが、そもそも自分の価値なんてわからないのが人間なんじゃないだろうかって思っています。ただ一つ言えるのは自分は自分でしかないってことですね」
「自分は自分でしかない・・・そうですね。自分の価値なんてわかりませんが、自分は自分ですね」

まだもう少し時間があったので話を続けてみた。

「これはある小説家の言葉なんですが、簡単に言うと『人間の真価は、その人が死んだ時に何をしたのかではなく、生きている時に何をしようとしていたのか』というのも好きなんですよ」
「人間の真価は結果ではなく過程だということでしょうか?」
「そういうことです。今、俺達の仕事もそうですが、みんな結果ばかり求めるじゃないですか?でも私はその結果に至るまでの過程こそ真価だと思うんですよね」
「仕事上、結果が全てなのは仕方ないですが、アタシも過程のほうが大事なことだと思います!」
「あっ!もうそろそろ昼休みの時間が終わりますけど、なんか楽しくない話だったなら、ごめんなさい」
「いえいえ、ものすごく楽しかったです。またお話聞きたいです!あなた、いろんな本読んでるみたいで、いろんなこと知ってるんですね」
「そう言ってくれると有難いです。こんな話でよければまた昼食一緒に行きましょう」
「はい!いつでも誘ってくださいね」

私は話をしている間、綾瀬里緒の表情をチラチラみていたが、かなり興味津々に話を聞いていた。私が一方的に話していたが、予想通り、こういう話をするのが好きなんだろうと思った。
その後も何度か昼食に誘って心理学や哲学の話をしていった。綾瀬里緒はよほど教養を深めたいと見える。こんな話くらいなら私はいくらでもできるのだ。歓迎会の時に初めて話した時は感情すら現さなかったが、今は感情をむき出しにして話をしている。次第にお互い敬語で話さなくなるほどまで大きく関係が進展していた。そろそろ第三段階に進んでもいいかと思った。

■ 心と心の会話

綾瀬里緒とは信頼関係で結ばれているに違いない。心理学や哲学など少し難しい話に興味深々であることもわかった。ここからは、お互いの価値観や考え方を話していって尊重し合ったり共感していくのがいいだろう。まだ恋愛感情までとはいかないが、かなり好意を持っているのは間違いない。この先に進むには第三段階の心と心で会話するしかないのだ。

最近では、よく私と綾瀬里緒が一緒に昼食をとってるので、開発チームのメンバーも不思議そうに見ているような感じがする。周りは何も言わないが、あのミステリアスで言葉の少ない綾瀬里緒と一緒に昼休みを過ごしているわけなので、何かしら思われてるかもしれないが私は気にしなかった。いつものように昼食に誘って社員食堂のテーブルに座った。そして食後のコーヒーを飲みながら私は話を切り出した。

「ちょっと聞きたいんだけど、俺って子供の頃は変わり者って言われたり、大人に生意気なこと言ってたんだけど、今も変わり者って感じするかな?」
「うーん。そうだね、変わってる人だと思う。いつも一人でいるし・・・」
「いつも一人でいるのは綾瀬さんだって同じじゃない?どう変わってると思う?」
「なんだろ。なんか他の人とは違うオーラを持ってるというか、ときどき予想できないこと考え出すよね?」
「まあ、俺は普通の人とは違うレールで生きてきたからね。予想できないことを考え出すのも人と同じじゃ嫌だって現れだと思う」
「あなたの話を聞いてると、ずいぶん苦労して生きてきたんだなって感じるよ」
「そういう綾瀬さんはどうなの?俺と似てる部分があるように思えるけど」
「アタシはマイペースだから。でもあなたと同じ。人と同じなのは嫌かな。そもそも人に興味がないんだけどね」
「俺も人に興味がないよ。それに、自分のことを一人に理解してもらおうなんてとっくに諦めてるけど、綾瀬さんはどう?」
「アタシもそうね・・・自分のことを理解してほしいなんて思わない」
「俺は綾瀬さんのこと、もっと知りたいと思ってるんだけどね」

これはちょっと言ってはいけなかったか!?

「アタシのことが知りたいってどうして?」
「綾瀬さんと話してると楽しいし、どんな考え方してるのかとか、持ってる価値観なんか知りたいって思うよ」
「アタシの価値観かぁ・・・そこまで考えたことなかったけど、社会を見限ってる部分はあるよ」
「俺も社会を見限ってるんだけど、それは人間関係って部分かな。綾瀬さんはどう?」
「アタシも人間関係って部分もあるかな。あとは社会の仕組みとかルールとか一般常識もかな・・・」
「俺はね、流行に流されずに周りが右を向いてても、自分は違うと思えば左を向くタイプなんだけど、そういうことに関係するのかな?」
「それよそれ!アタシも周りに流されないタイプ。常にマイペースでいるから」
「こんな話をしてると、俺達まるで社会不適応者みたいだね」

私は半笑いしながら言った。

「アタシは社会不適応者だと思うよ。それにしてもやっぱりあなたは変わってるね。他の人とやっぱり違う」
「やっぱり変わってるか・・・普通に就職して結婚して子供ができて、マイホーム持って幸せに暮らすみたいな人生ってつまらないって思ってるんだけどね。俺は自分の好きなことをして生きていきたいって感じかな」
「アタシもそんな人生つまらないと思ってる。だから今も契約社員なわけだし。自分の好きなことして生きるって魅力的だと思う」

私は綾瀬里緒と話していてとんでもない部分を見抜いたかもしれない。それを聞いてみることにした。

「変なこと聞くけど、綾瀬さんって、結構甘えん坊なタイプじゃない?」
「え?どうしてそう思うの?」
「今まで話してきた内容には一つのキーワードがあると思うんだよ。それはお互いに孤独だって認識してるってこと。社会を見限ってるってことはそういうことだからね」
「たしかにアタシは孤独だと自覚してるけど、どうして甘えん坊になるの?」
「そんな孤独な人に唯一信頼できる人が現れたら、人に甘えたくなってしまうんじゃないかって思ったんだよ」
「そっか・・・バレちゃったか・・・アタシはすごく甘えん坊だと思う。でも相手によるけどね」
「やっぱりね。綾瀬さん、そんな可愛い一面持ってるんだね」
「それって可愛いのかな?わからないや」
「おっと、そろそろ昼休みが終わるね。またお昼誘うね」
「うん。いつでも誘ってね」

その後も昼食に誘って、お互いの考え方や価値観の話を何度かした。まさに心と心で会話をしていた。今回は最初の心を開かせるまでに時間がかかったが、そこからこの段階まではスムーズに進んだと思う。問題は最終段階になる。これについては私の感情がどうなってるかで決まるのだが、私と綾瀬里緒は共通している部分が多い。甘えん坊という可愛い一面があることもわかった。話していると楽しいのもある。そんな綾瀬里緒ことが今はかなり可愛いと思っているが、恋愛感情まであと一歩ってところだろう。しかし、契約期間も残り少ないのでどうするか早く決めないといけない。

恋愛感情まであと一歩とは何が足りてないんだろうか?意識!?そうか!今まで話してきて恋愛を意識するような会話や行動はどこにもなかったのだ。あとは綾瀬里緒を恋愛対象として接していけばいいのだ。信頼関係も構築できてるし共感も十分にしたので、告白はストレートでいいだろう。相手に恋愛を意識させるのはいつもの手だが、下手をすると関係が壊れてしまって元の状態に戻る可能性がある。あくまで私だけが意識しておいて、不意をついて告白すればいい。あの手のタイプは変に意識させると厄介なことになりそうだ。出たとこ勝負って感じか。私は恋愛を意識しながら接していって告白するタイミングを待つことにした。

■ 不意をついた告白と結末

契約期間終了まで2ヶ月をきった。私と綾瀬里緒はときどき一緒に昼食をとりいつものように話をしていた。その時、私の頭の中では常に恋愛を意識するようにしていた。その前にやることが一つあった。これだけ話をしているわけなので、私が得意とする人を見抜く力が発揮されているのだ。その答え合わせをしたいと思った。

ある日、一緒に昼食をとり、食後にコーヒーを飲みながら、私は話をはじめた。

「綾瀬さんって、結構、自分の気持ちや感情を人に伝えるのが苦手なタイプじゃない?」
「どうしてわかるの?」
「だって、最初、全然心開いてくれなかったし、人に興味がないって言っても、誰かと話はしてたよね?だけど感情を出さなかった。出さなかったんじゃなくて、出せなかったんだよね」
「すごい。それを見抜いてたのね。そう・・・アタシは自分の感情を人に伝えるのが苦手なの」
「でも、俺の前ではもう感情を出して話してくれてるよね。それってやっぱ信頼できたからかな?」
「あなたは、必死に話しかけてきてくれて信頼もできたし、わかってくれると思ったから素直になれたの」
「あと、好奇心じゃないけど興味のあることはとことん知りたいタイプでしょ?心理学の話をしてるときの目が違ってた」
「あなたの言う通り。アタシは興味のあることは知りたがるタイプ。だから昼休みにエッセイを読んだりしてるのよ」
「それにときどきボーっとしてる時があるけど、何か考えてることもあれば、何も考えてないこともあるって感じかな?」
「そうね。ほとんどボーっとしてる時は何も考えてないかも」
「それと、どうしていつもこのテーブルで俺が向かいじゃなくて、斜め横の席に座ってるかわかる?」
「それ、いつも不思議に思ってた。どうして斜め横の席に座るの?普通は向かいに座るよね?」
「綾瀬さんは人の目を見て話すんだけど、向かい合って目を合わせて話すと目のやり場に困ったり緊張したりして、うまく感情を出せない可能性があるって思ったからだよ。それと向かい合うと医者と患者という立場になる可能性もあるからね」
「そんなことまで考えてたのね・・・ちょっとびっくりした」
「最後、綾瀬さんは自分を大切にしてるタイプだよね?それは誰もが同じだけどそれを自覚しているって感じかな」
「アタシね、高校生の頃からそれずっと思ってた。みんな自分が一番なんだけど自覚してないんだろうって思ってた」
「やっぱりね。俺も自分が一番だと自覚してるから同じ匂いがした、と言えばわかるかな?」
「それにしてもあなた何者?前もアタシが甘えん坊って見抜いてたけど、どうしてそこまでわかるの?」
「俺は物心ついた時からはじめて会った人と話したら、なんとなくその人のことをすぐに見抜ける力があったんだよ。それは今もそう。綾瀬さんが感情を出して話してきてくれた時から、その力が発揮できたんだよ」
「すぐに人を見抜ける力があるってすごい!それはきっとあなたの持って生まれた才能みたいなものだと思う。最初からアタシのことを見抜いていたの?」
「いや、それはない。綾瀬さん、最初は感情を出してなかった。ただ、わかっていたことは思い詰めたり悩んだりしているわけでもなく、冷めた部分はあったかもしれないけど、そうじゃないってところかな。ある程度の距離を置いて心を開いてくれるのを待つしかないと思ってた」
「そうなんだ。でもそんなこと考えてたってことは最初からアタシに興味があったってこと?」
「ああ、興味ありありだったよ。まさにミステリアスな女性だったからね」
「そうだったんだ」

これでやることだけはやった。話もずいぶんしてきたしお互いに共感できた部分も多かった。それに綾瀬里緒が感情を出して話せる異性は私以外にいないはず。一つだけ気がかりなのは恋愛を意識させていないことだが、やはりこの手のタイプは恋愛を意識させることは極力避けたい。これで告白してうまくいくかわからないが、もうこれ以上やることはない。

私は告白のタイミングと場所を考えていた。私の働いていたフロアはオフィスビルの13階でほとんどの社員がエレベーターを使っている。告白するとすれば、声が響いてしまうのが気になるところだが階段の踊り場がいいだろう。タイミングは勤務時間が終了して多くの社員が帰った後が良さそうだ。そう思った私は早速メッセンジャーで『今日、勤務が終わってからちょっと話したいことがあるから残っていてほしい』と綾瀬里緒に送った。すると『いいよ。社内で待っていればいい?』と返ってきたので『社内でいいよ』と返しておいた。

勤務時間が終了して、社員がぞくぞくと帰って行った。残業する社員はいたが、人数的にもそこまでいなかった。私は残業をしているフリをしながら社員達が完全に帰るのを待っていた。綾瀬里緒も座ったまま待っているようだった。そしてオフィスの外でのざわめきがなくなったので、いよいよ行動を開始した。綾瀬里緒の席へ行き「お待たせ!ちょっと着いてきて」といって階段の踊り場まで連れていった。

「話したいことって何?しかもこんなところで・・・」

綾瀬里緒は不思議そうな表情をしていた。私は直球勝負で行くしかないと思った。

「俺、綾瀬さんのことが好きなんだ。だから今の関係からでいいから付き合ってほしい」

それを聞いた綾瀬里緒は少し驚いた表情をした。

「びっくりしたー!好きだなんて言われると思わなかった。でもアタシは・・・」
「やっぱりダメかな?」
「ダメとかじゃない。アタシもあなたに好意は持ってた。話してると楽しいし、あなたはいろいろ知ってる人で魅力的だと思う」
「何か引っかかってるところがあるの?」
「アタシはあなたと付き合ったら、あなたにハマってしまう。好きになりすぎてしまう。たくさん甘えてしまうと思う。だけど、それが怖いの」
「それが怖いってどういうこと?」
「アタシはあなたのことをどんどん好きになってしまう。だけど、あなたは鋭いからアタシのことをもっともっと見抜いてしまう。あたしの全部をわかってしまうかもしれない。そうなったとき、アタシはくだらない人間だと思われるかもしれない。そしてあなたが離れていくかもしれない。だから怖いの!」
「それはショックだな・・・すごく凹んだよ」
「え?ショックって何が?」
「俺がそんな人間に思われていたのかって思ってね。たしかに綾瀬さんのことをもっと知っていくと思う。見抜いていくと思う。だけど、くだらない人間だからって離れていくように思われてたなんて・・・俺、そんな人間に見える?」
「それは違う。あなたはそんな人間だなんて思ってない!でも、アタシはまだあなたに見せてない部分がたくさんある。あなたはそれを見抜いてしまう。隠し通せない怖さってわかる?」
「怖い、か。でも俺はそれもひっくるめて受け入れるつもりだよ。それに人間の全てを見抜くなんて不可能だよ。見えてない部分があったっていいと思ってるよ。ようするに綾瀬さんを大事にするってことかな」
「アタシを受け入れて大事にしてくれるの?」
「うん。そこは俺を信じてほしい」
「じゃあ、わかった。信じる」

これで私と綾瀬里緒は付き合うことになった。その後、二人で会って話をしたり、デートしたりしていたが、綾瀬里緒は私が想像していたよりかなりの甘えん坊だった。付き合っていても綾瀬里緒はあまりプライベートな話をしないのでミステリアスな部分はたくさんあるが、そこがまた魅力的なところだったりする。お互いに一人でいることのほうが好きなので距離感もいい感じにとれていた。しかし、4ヶ月ほど経って、お互いに無干渉になり感情も冷めてきた。そして二人で話し合った結果、やはりお互い一人でいるほうがいいとのことで別れることになった。お互いに納得した上での結果なので悔いもない。
ミステリアスな女性というのは、男性にとってかなり魅力的な存在に映るんだろうと思う。しかし、そういう女性も人間なので心や感情はあるのだ。また、隠し通せない怖さというのもわかる気がした。それはおそらく私という存在が恐ろしいということになるのかもしれない。今回、私はそういったことを学んだように思える。
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