天然女子の攻略

このストーリーはフィクションであり、登場人物名などは仮名(架空)であり、実在のものとは関係ありません。

■ つのる想い

ジメジメした梅雨が続く7月。私はある会社の社長からプロジェクトリーダーとしてシステム開発を進めてほしいと依頼を受けていた。社員としてではなく、あくまで外注として4ヶ月という短期契約だった。その会社にいる社員達の技術力では今回のシステム開発は難しいということで、私がリーダーとなって開発していくことになった。プロジェクトメンバーは私を含めて5名で作業量的には膨大なものだった。契約期間中は出向業務として作業用のパソコンとデスクが用意されていた。私は作業スケジュールの調整からメンバーへの仕事の割り振りなど考えながらプロジェクトリーダーとして役割を果たしていった。

いつものように出勤すると隣の席から「おはようございます」と元気に挨拶してきた。その隣の席にいるのは西村早緒莉という女性社員で同じプロジェクトメンバーの一人だ。西村早緒莉は私より三つ年下で、背丈は155cmほどで、クセのある少し茶髪のロングヘアー、少し細い目に鼻筋が通っている細身の女性。少し天然が入った性格や表情、仕草がものすごく可愛らしく、一部の男性社員から人気があるようだ。私はそんな可愛らしい西村早緒莉を見ていると何やら元気が出る気になっていた。

「西村さん、おはよう!今日の作業も大変だけど頑張ってね!」
「はい、大丈夫です!」
「わからないことがあったらいつでも聞いてくれていいからね」
「わかりました。ありがとうございます」

出勤した時はいつもこんな感じの話をして作業をはじめる。西村早緒莉には画像処理と簡単なデザインとプログラムを担当してもらっていた。このプロジェクトメンバーの中で画像ソフトを扱えるのは私と西村早緒莉だけだったからだ。私はどちらかといえば、他のメンバーが技術的にできない作業をしていた。楽しく仕事をしていくためにも、私はときどき西村早緒莉を少しからかったり、何気ない日常会話をしたりしながら作業していた。

ある日、いつものように作業しているとプロジェクト関連の書類を落としてしまった。私は書類を拾おうとしてデスクの下に手を伸ばした時、西村早緒莉も同じように書類を拾おうとして手を伸ばした。その瞬間、二人の手が当たってしまった。どこかしらやわらかく小さな手の感触に私はドキッとした。

「あっごめんなさい」
「いや、こちらこそごめんね。ありがとう」

これまで西村早緒莉は隣の席で普通に会話していたプロジェクトメンバーの一人という意識でしかなかったが、軽く手に触れただけでドキッとしてしまったのはどういうことなんだろう。一瞬、そんなことを考えたが、ただ女性の手に触れたからというだけのものだと思った。その後は特に意識することなく作業を進めていた。

それから数日経ったある日、西村早緒莉からわからないところがあるから教えてほしいと言われたので、椅子を移動させてパソコンの画面を見ながら教えていった。肩と肩が触れて、時には手に触れることもある。こんなに近い距離で話すのは初めてで、シャンプーだろうか、かすかに女性らしい匂いがする。私は教えながらも少しドキドキしていた。それからというもの、私は西村早緒莉を意識するようになっていた。

なぜこんなに意識してしまうんだろう?この感情は何?いろいろ考えてみたが結論はでない。とにかく西村早緒莉を一人の女性として意識しているのは間違いない。隣の席にいる西村早緒莉をチラチラ見ていると、なんだかとても可愛く見えてきている。天然なところも、仕草も、表情もとても可愛い。一部の男性社員から人気があるのはわかる気がしてきた。そんな風に思う毎日が続き、次第に私は西村早緒莉に恋心を抱くようになっていた。

■ 天然女性の攻略法

西村早緒莉に恋心を抱いた私は、まずどうしたいのか考えてみた。付き合いたいといえばそれまでだが、なんとか上手く口説くのが先決だ。しかし、恋心を抱いてるといっても、まだ西村早緒莉の内面的な部分を知らない。いつも隣の席で話しているが、本音かどうかわからない。ただ、建前で話をするような器用な女性とも思えない。ただ、私が唯一知っているのは西村早緒莉が人の誘いに断れないタイプということ。それであれば毎日のように誘っていろんな情報を集めるのが先決になる。攻略法はその情報を基に考えればいい。

それから私は毎日のように西村早緒莉を昼食に誘った。他のプロジェクトメンバーも一緒に昼食をとることもあったが、二人になる時もあった。二人になった時、私は西村早緒莉の話を真剣に聞くようにしていた。会社内ではできないプライベートな話までするようになった。趣味の話や休日の過ごし方などいろいろ聞き出すことができた。そうしているうちにあらゆることがわかってきた。西村早緒莉は純粋で過度の淋しがり屋であること、マンネリ化した遠距離恋愛の彼氏がいること、自分のことになると夢中に話をすること、天然で少しボケたところはそのままの姿であること。それに可愛らしいもの好きな女の子らしい一面も持っている。全体的に大人の女性というより子供の女の子といった感じだろう。ある程度の情報は集まったので次に私が考えるべきことは攻略法だ。

ある日の夜、家に帰った私はベッドに横たわり西村早緒莉の攻略法について考えはじめた。まず、マンネリ化した遠距離恋愛の彼氏がいるとのことだが、この際それは気にしなくてもいいだろう。いつも元気で明るく、少し天然で物事を深く考えないタイプなので、こちらも難しいことをするのは避けたほうがいい。基本はマメに気遣いをしていくのと、褒め言葉を少し加えていくことで効果はありそうだ。自分のことを話している時は夢中になるので、その時は親身になって話を聞いて受け入れていくのもいいだろう。あくまで今まで以上に優しく接していく。あとは人の誘いに断れないタイプということはこちらがリードしていく必要がある。昼食は毎日のように誘うとして、もう少し仲良くなったら、勤務終了後にどこか誘ってみるのもありかもしれない。しかし何かが足りない。これだけだと一般的な恋愛テクニックを使っているだけだ。好印象になるかもしれないが、西村早緒莉が何かの魅力に惹かれなければ”ただの優しい人”になってしまう可能性も高い。どんな魅力に惹かれるんだろうか?男らしいところなのか?優しいところなのか?一体何だ?好きな男性のタイプを聞いておくべきだったが、おそらくそれは理想を話すだけで現実的ではない可能性が高いので参考にはならない。あの手のタイプが惹かれるもの・・・ふと、私は西村早緒莉が純粋で子供の女の子のようだという点に注目してみた。それならば子供の頃、周りの女の子がどんな男の子に惹かれていったか考えてみた。カッコいい男の子、スポーツのできる男の子、勉強のできる男の子がモテていた。西村早緒莉は面食いそうでもないし、スポーツにもあまり興味がなさそうだが、勉強といえば今で言うと仕事ができるとか技術力、知識豊富ってところだろう。これだ!知識豊富で技術力もあって仕事のできる人という印象を与えれば、おそらくそれが魅力的に感じて惹かれていく可能性はあるだろう。それを見せつけていけばいいのだ。

攻略法を考え出した私は、毎日のように実行していった。西村早緒莉が仕事で少し困っている表情をしている時は気遣って「大丈夫?」と声をかけてみたり、わからないことがあると言った時は過度に優しくサポートしながら教えてあげたり、時には身に着けているアクセサリーを「可愛いね!すごく似合ってるよ」と言ってみたり、服装を褒めてみたりした。二人で昼食をとるときは西村早緒莉が自分のことを話せるようにして、親身なって聞いていった。あとは仕事中の会話にわざと難しい専門用語を含ませたりしていた。また、プロジェクト会議の時はいつも以上にビシッと指示を出したり技術的に難しい話を含めていった。そうしていくうちに西村早緒莉と会話をする時の距離が近くなっていることがわかった。

■ 魅力度アップ

西村早緒莉にとってかなり好印象な存在になっていることは間違いないが、あと一歩何かが足らない。おそらくそれは魅力だろう。今までは専門用語を使って話したり、プロジェクトリーダーとしての存在を見せつけただけで、実際の行動は何もしていない。それを見せつけれる場面があればいいのだが、私の作業内容を西村早緒莉はよく理解していないので、説明してもわからないだろう。
そんなある日、いつものように会社に出勤すると、プロジェクトメンバーでプログラミング担当の星崎誠一と西村早緒莉が私の席へやって来た。

「あの、今日の作業のことなんですが、別のプロジェクトが大変なことになってまして、その・・・今日はそっちを手伝ってほしいと言われているんです」
「そんなこと言われても、こっちもスケジュールギリギリでやってるから困るんだよね」
「でも、本当に大変そうなので、今日は向こうを手伝いたいって思うんです」
「社長や上司にはそのこと伝えてあるの?」
「いえ、伝えていませんが、まずいでしょうか?」
「こっちのスケジュールのこともあるから、今日二人も抜けられると、その分どこかで埋めないとまずいんだよ」
「でも、やっぱ向こうのほうが納期が近いですし、手伝ってきます。今日の分は残業してでも埋めますので」
「残業して埋めるっていっても、一日分の作業量だから大変だよ。それに同時進行で進めてるから二人が抜けると、他のメンバーの作業も止まってしまう可能性があるんだよ」
「でも、向こうは本当にピンチらしいんですよ。だから今日は向こうの作業を手伝います」
「もういい、わかった」

私はわざと少し怒ったような表情をしていた。しかし、ここで二人抜けられると、いくら残業で穴埋めするといっても同時進行で進めているので、今日の作業全体の進行が遅れてしまう可能性がある。今日の二人の作業内容を確認して考えてみる。もし私が今日、この二人の作業をこなせば、それが実際の行動の結果となり、西村早緒莉が魅力的と感じる可能性はある。私の作業を含めると三人分の作業量となる。それは膨大なものだ。一日でそれをこなせる方法はないのか?頭を悩ませていると二人の作業内容にある共通点が見えた。この方法を使えばできるんじゃないか!?私は残り二人のプロジェクトメンバーを集めた。

「今日の作業だけど、俺は昼までちょっと違うことをするけど、二人は予定通り今日の作業をしてほしい。ただ、一つお願いがあって、昼まで集中してるので出来る限り話しかけないでほしい」
「わかりました」

そういって私は昼まであるものを作り出していた。そして実際にする今日の作業は午後になってからはじめた。かなり集中して時間が経っているのを忘れるぐらい作業を続けた。すっかり夜も遅くなり、3時間くらいの残業になったが見事に今日やるべき三人の作業を見事にこなした。

次の日、私は昨日のことを社長に報告した。社長は「それはよくないから、今後はそういうこと絶対にさせないでほしい」と言った。私は「昨日の二人にちょっと話させてほしいんですが、よろしいですか?」と聞くと「別に構わないよ」と言ってくれた。

昨日、別のプロジェクトを手伝った星崎誠一を会社の外に呼び出して私は社長の言った通り、今後は絶対にそういうことをしないように注意した。そして、次に西村早緒莉を会社の外に呼び出した。

「昨日の二人の作業だけど、俺の分も合わせて三人分、一人でこなしておいた」
「三人分をですか!?すごい・・・どうやってやったんですか?」
「二人の作業にはそれぞれ共通点があったので、その作業を自動で行うツールを作ったんだよ。それを動かしている間に、俺は自分の仕事をしてた。まあ、これはあまりいい方法ではないんだけどね」
「自動で行うツールを作るなんて、すごすぎます!」
「あとは仕事のやり方と進め方をちょっと工夫したってところかな」
「一日で三人分の作業をこなしてしまうなんて、ある意味天才ですね」
「西村さん、つまり俺が本気を出してやれば、二人の作業をこなしてしまうってことは、二人はプロジェクトメンバーにいなくても出来てしまうってことだよね。悔しいと思わないの?」
「正直、悔しいです・・・」
「でも、自動化ツールってのはあまりいい方法じゃないから、社長も言ってたけど、今後はこういうことしないようにね」
「わかりました。すみませんでした」
「向こうのプロジェクトが困ってるのはわかるけど、それは別の方法で向こうが何とかするべき問題だからね」
「そうですね。それにしても・・・自動化ツール作るとか、一日で三人分の作業をこなすとか、やっぱりすごいです!」

西村早緒莉はかなり驚いているようだったが、これがどう映っているのかはわからない。少なくとも神業をしてのけるくらい仕事のできる人だと思っているのは間違いなさそうだ。しばらくこういったことを続けてみるか。

■ ドライブのお誘い

いつものように出勤して攻略法通り実行している。あの別のプロジェクトを手伝った一件以来、西村早緒莉は私に対して尊敬の眼差しで見るようになっているようだ。おそらく「すごい人」という印象を持っているのだろう。それが魅力になっているのかはわからないが、何かしらの違った目で見るようになったのは間違いないだろう。
ある日、西村早緒莉が隣の席で困った表情をしていた。

「どうしたの?何かあった?」
「いえ、この作業なんですが、量が多くて一つ一つやっていくと時間がかかりそうなんです」
「ああーそれか。5分ほど待ってて・・・いいもの作るから!」

私は5分ほどであるツールを作った。

「そのファイル、こっちの共有フォルダに入れて」
「はい、入れました」

私はファイルを取り出してツールを動かした。

「はい、どうぞ。これで終わりでしょ?」
「え?なんですかこれ?」
「一括変換ツールだよ。それを一つ一つ修正していったら時間かかるでしょ?」
「こんなものまで作り出せるなんて、やっぱりすごいです!!」
「一応、そっちで間違ったところがないか確認だけしといてね」
「はい。ありがとうございます」

この時の西村早緒莉の目はかなり輝いていた。
もうやることはやったので、そろそろ勤務終了後に誘ってみるかと思ったが、いきなり二人でどこかに行くのも突然すぎるので、同じプロジェクトメンバーで信用できそうな日高亮を会社の外へ呼び出した。

「実は、西村さんのことなんだけど・・・」
「あっ!わかりますよ。結構気に入ってますよね?」
「どうして知ってるの?」
「見てればわかりますよ!それで僕に何か協力してほしいことでもあるんですか?」
「内密にしてほしいんだけど、明日の勤務終了後にドライブに誘おうと思ってるんだよ。それで日高君も一緒に来てくれるかな?」
「明日ですか?予定ないので別にいいですよ」
「あくまで西村さんのことは内緒にしててね」

そして次の日、私は車で出勤した。今日はおそらく西村早緒莉に予定はないし、作業量も大したことないので定時で帰れるはずだと睨んでいたのだ。

「西村さん、おはよう!」
「おはようございます」
「あのさ、今日は車で来たんだけど、勤務終了後に日高君と三人でドライブでも行かない?気分転換に星でも見に行くのはどうかな?」
「いいですね。いきますいきます!」
「じゃあ勤務が終わったらそこの駅の前で待っててね」
「はい!よろしくお願いします」

これで西村早緒莉を誘うことはできた。あとはいい雰囲気を作ってどうなるかが問題だが、私のほうから少し迫ってみる方向で考えた。

■ 星空の下で

勤務が終わり、私は車をとりにパーキングへ向かった。さすがに駐車料金は高かったがこれも計画の一つなので仕方がない。車に乗って駅に向かうと、西村早緒莉と日高亮の二人が待っていた。日高亮は気を遣って後部座席に乗って、助手席には西村早緒莉が乗った。何気ない会話をしながら車を走らせる。私は都会でありながらも星がよく見える場所を知っていたので、そこに連れていくことにした。その場所は山の中腹あたりで街灯がなく、ちょっとした丘になっているところだった。今日は快晴で星もよく見えるだろう。

目的の場所に到着した。辺りは真っ暗で人通りもなく交通量もほとんどない場所だった。ペンライトを片手に三人で丘の上へと登っていった。3分も経たないうちに日高亮は「寒いから車の中に戻りますね」といって戻っていった。彼はおそらく私に気を遣ったのだろう。そして、私と西村早緒莉の二人で星空を眺めることになった。

「あーゆー仕事してると、時々こういう所に来て星空を眺めるのもいいって思うんだよ」
「たしかにそうですね。すごく星が見えて綺麗です」

しばらくの間、丘の上に座り沈黙を続けながら星空を眺める二人。雰囲気は抜群だと思った瞬間、西村早緒莉が私のほうに寄ってきた。肩と肩が触れ合ってるくらい近い距離だった。私は心臓が破裂しそうなくらいドキドキしていた。彼女が近寄ってきた理由は一体何なのかわからない。星空を眺めながら肩が触れ合い、かすかに女性の匂いがする。すると西村早緒莉が私の肩に寄り添ってきた。もうこれは何をしてもいいというサインではないか。まさか向こうからアクションを起こしてくるとは予定外だったが、この状況はチャンスだ。私はそっと西村早緒莉の肩を抱いてみた。何も言わないどころか、さらに寄り添ってきている。西村早緒莉の鼓動がここまで聞こえてくる。もう恋人同士でしかないこの状況は私にとって喜びの頂点に達していた。沈黙の中、私は次なることを考えていた。いつでも実行できそうだが、いざ行動するとなると戸惑ってしまう。しかし今しかないのだ。私はもう一方の手で西村早緒莉の頬を優しく触れてキスをした。1秒2秒3秒と唇と唇が重なり合う。頭が真っ白になるくらい自分の感情だけをぶつけている状態だ。西村早緒莉は今どんな感情なのだろうか。顔を離していくと暗かったが照れくさそうにしている西村早緒莉の姿が見えた。その後もまだ彼女は肩に寄り添い、私は肩を抱いている状態が続いていた。星空を眺めてるどころか、二人とも下を向いていた。10分ほど経って、本当に寒くなってきた。

「そろそろ車に戻ろうか」
「はい」

車に戻る途中、西村早緒莉が話しかけてきた。

「あの・・・今日のことって・・・その・・・」
「今日のこと?」
「あっいいです。一つの思い出になりましたから」
「そっか・・・」

車に戻り日高亮に「お待たせ」と言って帰っていった。
今回のことで私の考えた攻略法は見事に成功したといえる。その後、西村早緒莉とは普通に接していた。おそらく付き合うこともできる状態であったが、私の熱が急に冷め始めた。同じ会社の人間という理由もあったが、今後、私は遠くへ行くことが決まっていたので西村早緒莉と付き合おうとはしなかった。西村早緒莉が言っていた『一つの思い出』というのはこういうことを想定した発言だったのだろうか。
それからシステム開発も終わり契約期間が終わった。プロジェクトが解散した後、西村早緒莉と会うことはなくなったのだが、今どこで何をしているのだろうか。
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