モテる女の攻略

このストーリーはフィクションであり、登場人物名などは仮名(架空)であり、実在のものとは関係ありません。

■ モテる問題

4月から新しい会社に中途採用で入社することになった。私の技術力が高いと評され、入社直後から開発部の主任を任命された。この会社は出向している社員が半数ほどいたが、週に一度に行われる報告会の時は出向している社員も本社に戻らないといけなかった。私は受託案件のシステム開発のため、本社内で勤務することになっていた。

いつものように出勤すると「おはようございます」と元気な挨拶をしてきたのが管理部の沢井麻美だった。沢井麻美は私の三つ年下で、背丈は低く小柄、クセのあるセミロングヘアーにすこし垂れ気味のクリッとした大きな目をしていて、少し大人しい雰囲気で表情や仕草がとても可愛らしい魅力溢れる女性であった。私は入社してからずっと”こんな女を相手にすると痛い目をみる”と思っていたので、最初からあまり意識しないようにしていた。ところがこの会社にいる男性社員の過半数が沢井麻美に好意を抱いているようだった。それも出向業務をしている男性社員も含めてだ。そういう男性社員は沢井麻美に優しく接していたり、楽しい話題で盛り上げようとしたり、少し不自然な誉め言葉を言ってみたりして必死に自分をアピールしようとしている。そんな男性社員の行動を傍から見ていた私はかなり面白く思っていた。沢井麻美はそんな男性社員達に思わせぶりな発言や態度をとることもあった。それはまるで狐とタヌキの化かし合いのようにも見えていた。どちらにしても沢井麻美はかなり男性にモテるタイプなのだ。だから私は可愛いとは思っていたが、相手にしないようにしていたのだ。

ある日、社長と営業部長と私の3人で会議をしていた。会議は私のシステム開発についてが主な内容だったのだが、最後に社長が「問題になっていることがある」と言い出した。社長の話によると沢井麻美が多くの男性社員を誘惑しているとのことであった。そのことで社内の雰囲気が乱れているので何とかしなければならないということである。たしかに沢井麻美はときどき思わせぶりな発言や態度をとることがあるので、それが誘惑していると思われても仕方がないかもしれない。しかし、それを本人に言って直接注意をするのはどうだろうか。営業部長は「たしかに、沢井さんの行動には少し問題がありますね」と言った。社長と営業部長は本人に直接言って注意をするかどうか話し合っていた。私には無関係なことなので黙っていたのだが、これだとまるで沢井麻美だけが悪者になっているのではないかと思った。私は思わず口を開き「沢井さんに言い寄る男性社員にも問題があると思います」と声を出してしまった。それを聞いた社長は「それもそうだけど、沢井の対応に問題がある」と言った。私はこの問題に関わりたくなかったのだが、これだとあまりにも沢井麻美が可哀そうに思えた。そして私は「いきなり問題解決させるのは難しいと思いますが、社長や部長がいきなり言ってしまうと角が立ちますので、私のほうからそれとなく沢井さんに言ってみましょうか?」と発言した。何か良い考えがあったわけでもなかったが、思わず口に出してしまったのだ。それを聞いた社長は「わかりました。ではあなたのほうから沢井さんにそれとなく注意をして下さい」と言った。私は「こういう問題は徐々に解決させていくほうが穏便にすみそうなので焦らないでください」と言っておいた。しかし、私は今のところ何も考えてないのでどうしたものかと途方に暮れていた。

とりあえず「男性社員に話しかけられてもあまり相手にするな」と言うしかないかと思った私は沢井麻美に話があると言って会社の外に呼び出した。考えてみれば二人で話をすることなんて初めてのことだ。

「あの、話って何ですか?」
「沢井さん、よく男性社員と話をしてるけど大変じゃない?仕事の邪魔になったりしてない?」
「うーん、そうでもないですけど、面倒って思う時はあります」
「男性社員が話しかけてきても、あまり相手にしないほうがいいんじゃないかって思うんだよ」
「相手にしないってことは無視しろってことですか?」
「無視までしなくてもいいけど、あまり話し込まないようにするとか、適当に話を切り上げてしまうとかかな」
「そうですね・・・でも、どうしてあなたがそんなことをワタシに言うんですか?社長から何か言われたんですか?」
「いやいや、沢井さんを見ていて大変そうだなって思ったからだよ」
「そうですか。わかりました。意識しておきます」
「まあ、沢井さんは可愛いしモテるから大変だと思うけど、それを意識しといたほうがいいよ」
「そんな・・・ワタシなんて全然可愛くないですよ」

沢井麻美との会話が終わってしばらく様子を見ていると、少しは意識しているのか、あまり相手にしないようにしているようだ。これで少しは状況が変わればいいのだと思っていた。私はチラチラと沢井麻美のほうを見ていたが、それでも男性社員達は必死に話しかけているようだ。それにしても、みんなそこまで必死になる理由もわからなくはない。次第に私はそんな沢井麻美という女性に興味を持ちはじめた。

■ いつもの悪い癖

入社して一ヶ月ほど経った。沢井麻美は男性社員から声をかけられても適当な対応をしてあまり相手にしていないのはわかる。しかし、それでも諦めず男性社員達は話しかけようとしていた。そんな男性社員達は自分があまり相手にされていないという自覚はないのだろうかと不思議に思うくらいだ。私は最初からこんな女を相手にしないと心に決めていたのだが、そこまでモテる沢井麻美という存在に興味がある。ただ興味があるだけだったはずが、いつの間にかメッセンジャーで話をするようになっていた。そして、もう一度、沢井麻美を会社の外へ呼び出した。

「あれから数日経つけど、沢井さんも相手しないように頑張ってるみたいだね」
「はい、一応意識はしていますから」
「それでも男性社員は必死に話しかけてるみたいだけど大丈夫?」
「大丈夫です。ちょっとウザ・・・いや面倒って思う時はありますけど」

この時、沢井麻美の表情が少し引きつっているのを私は見逃さなかった。

「何か相談事とかあったらいつでも言ってね。俺でよかったら話くらい聞くので」
「ありがとうございます。何かあったら相談しますね」

その後も私はメッセンジャーで沢井麻美と話をし続けていた。主に男性社員に話しかけられた後に「大丈夫?」といたわったりしながら会話が盛り上がっていた。

ある日、沢井麻美から「相談したいことがある」とメッセンジャーが届いた。また会社の外に呼び出そうかと思ったが、どうやらその相談事は深刻なことのようだったので、私は連絡先を交換しないかと言ってみた。すると沢井麻美が携帯のメールアドレスと電話番号を教えてくれたのだ。私のほうも連絡先を教えて「今晩にでも電話するから、その時に相談事を聞く」とメッセンジャーで伝えておいた。

その日の夜、沢井麻美に電話をして相談事を聞いてみた。その内容は社内の雰囲気を乱しているのは自分なので、それをどうすればいいのかということだった。おそらく社長に何か言われたんだろうと思った。

「たしかにそう思うかもしれないけど、沢井さんは入社して、そんなに長くないから、相手にしなかったらいつか落ち着くよ」
「そうでしょうか・・・でも、ワタシに原因があるんですよね」
「沢井さんは頑張ってるよ。だからもう少し頑張ればみんなの熱が冷めて落ち着くよ」
「それだったらいいのですが・・・わかりました。もう少し頑張ってみます!」

電話を切った後、私はベッドに横たわりいつものように考えはじめた。会社の雰囲気を乱すほどまで男性社員からモテる沢井麻美とはどんな人間なんだろうか。最近は私もメッセンジャーでよく話すようになっているのはただの興味本位なのか?最初は相手にするつもりなかったが、今では連絡先の交換までして相談事まで聞いている。今の私は沢井麻美のことをどう思っているんだろう。恋心を抱いているとは言い難いが、何かしらの感情は持っている。その感情とは一体何だろう?そもそも最初はあまり意識してなかったのに、今ではかなり意識してしまっている。ふと、私の頭の中で好奇心というキーワードが思い浮かんだ。そうだ、これは好奇心なのかもしれない。沢井麻美がどんな人間なのかという興味もあるが、それ以外に掻き立てられる好奇心があるのだ。

私は頭の中で整理してみた。あれほど男性社員から言い寄られる沢井麻美。可愛くてかなりの魅力に惹かれてしまう男性が多いのもわかる。しかし、ほとんど全員といってもいいくらい好意を持っている男性社員達は相手にされていない。会社の雰囲気を乱すくらいにまでモテる沢井麻美という存在に興味を持ってしまった。そして何かをしたいという好奇心。私は何をしたいんだ?手に入りにくそうで難しければ難しいほど燃え上がるものといえば・・・そうか!私はそんな沢井麻美を攻略したいんだ。自分に振り向かせて見事に口説いてみたいんだ。これこそまさに私の好奇心の正体なのだ。そう、これはいつもの私の悪い癖がでたのだ。それに気づいた私は早速、沢井麻美の攻略法を考えてみることにした。

■ モテる女の攻略法

何人もの男性社員が言い寄っても相手にされないということは、まともなやり方では効果がないということになる。それに彼氏がいてもおかしくないが、そうだったとしても私に相談してくるということは上手くいってないと思える。今のところ連絡先の交換をしたのは私だけなので、どこかしら信用されている部分はあるだろう。そこを利用してどう相手を持っていくかが問題だ。

私が今からしようとしてることは、沢井麻美に好意を抱く男性社員達の渦の中に入って行くことになる。その渦の中心に辿り着かないといけないのだ。そのための方法を考え出さなければならない。私はふと思い出した。二回目に会社の外で話した時、一瞬、表情を引きつった時のこと。あれは明らかに何かを隠していた。隠していたということは、本当のことを言っていないということだ。つまり沢井麻美は仮面をかぶって本音で話していない。誰もその仮面に気づいていないのだ。あの時思わず「ウザい」と言いかけたのがわかる。本音で話せる人が周りにいないということなのか。表面上では明るく元気に振舞っているが、内心ではどう思っているのか。そうであれば、まず私がすることは沢井麻美の仮面を外して本音で話をしていくこと。心と心で話をしていくこと。仮面をかぶっているということは本来の自分を出せない何かがあるはず。それならば悩みも多いだろう。本音で話をさせて、悩み事を親身になって聞いていき、心と心で話をしていけば、次第にお互いの距離は近くなっていくはず。そして、渦の中心に辿り着いたその時こそ、相手のハートを突くチャンスとなる。考えてみれば、本音で話せる存在なんてそんなにいるとは思えない。私がそんな沢井麻美の心を温かく包んであげられる存在になればいいのだ。私には人のことをすぐ見抜ける能力がある。今感じている沢井麻美という人間像を思うがままに本人に言ってみて確認していくことから本音で仮面を外していけるかもしれない。私らしい攻略法を生み出すことができた。

しかしこの攻略法には一つ問題がある。これを実行するということは少なからず沢井麻美を精神的に依存させてしまうということだ。そこまで依存させておきながら、攻略した後は責任をとる必要がある。ただの好奇心でしたというわけにはいかないのだ。今の私に恋心はないが、話をしていくうちに何かしら大きな感情になる可能性はある。可愛らしく魅力は十分にある。もし話をしていて感情に変化がなかった場合は一歩距離を置くほうがいいかもしれない。その分岐点は本音でぶつかり合って話をした後に決めればいい。とりあえず実行してみよう。

次の日、いつものように出勤して沢井麻美にメッセンジャーで『今夜、ちょっと話があるから電話してもいい?』と聞いてみた。すると『いいですよ』という返事がきた。私は家に帰ってから沢井麻美に電話をかけた。

「えっと、今日話したいことっていうのは、俺と二人で話をする時は本音で話してほしいっていうこと。あとは敬語もいらない」
「本音ってどういうことですか?」
「言葉の通りだよ。いつも明るく元気に振舞ってるけど、本当はそうじゃないでしょ?」
「本当はそうじゃないって・・・じゃあ本当はどうなんですか?」
「沢井さん、本当はネガティブで誰も自分のことを知ってもらえない孤独を感じてる人。淋しさには慣れているのかな。冷めた部分もある。あとわがままでドライな部分がある。どこか間違っているところあるかな?」
「どうしてわかるんですか?」

沢井麻美は驚いているようだ。

「会社での沢井さんは仮面をかぶった姿でいるけど、あれは本当の姿ではないと見抜いたんだよ」
「いつ見抜いたんですか?」
「二人で話してる時のちょっとした表情とか仕草でわかったんだよ。これは本来の沢井さんではないとね」
「そうですか・・・でも、仮面をかぶってるなんてことは・・・」
「本当は言い寄ってくる男性社員のことウザいし面倒って思ってるんでしょ?会社の雰囲気を乱してるなんて自分の知ったことじゃないってね」

沢井麻美は沈黙した。私は優しく言った。

「もう俺の前では仮面をかぶらなくてもいいんだよ。その方が楽でしょ?あと敬語も本当にいいから!俺は本来の沢井さんと話がしたいんだよ」
「その通りよ・・・ワタシのこと何も知らないくせに表面だけみて言い寄ってくる男ってバカみたいって思ってる」
「なんでこんな連中のために自分が悩まないといけないのかって思ってるよね?」
「そうよ。あんな連中のために会社の雰囲気を乱してるとか、ワタシが原因だとかみんなバカじゃないのって思う」
「やっと本音を言ってくれたね!俺もそう思ってたよ。本音を吐き出してどう?スッキリした?」
「ちょっとスッキリしたよ。こんなこと誰にも言えなかったし」
「これから俺と話をするときは仮面をかぶらず、本音で話してね。あと悩み事も結構あるでしょ?」
「悩み事なんてたくさんありすぎて何か話したらいいかわからないけど、じゃあこれからは本音で話すようにするね」
「まあ少しずつでいいから悩み事も聞くから言ってね。いつでも電話してきてもいいから」
「わかった。ワタシはメンドクサイ人間だと思うけどいいの?」
「ああ、それもわかってるから」

沢井麻美の本音は見事に聞き出せた。これで攻略の準備は整った感じだ。今後、本音でぶつかり合って心と心で会話していくことにする。

■ 二人の時間

それから私と沢井麻美は夜になるとよく電話するようになっていた。いつも会社では明るく元気な姿とは違い、本音ではかなりネガティブで暗い感じがした。会話の内容は楽しく盛り上がるというより、ほとんどが悩み相談だった。これでもかというくらいの悩み相談に私は親身になって聞いていた。もちろんアドバイスは極力避けて受け入れていくようにした。沢井麻美が自分の短所について悩んでいれば、私はそれを長所に言いかえるようにした。

「沢井さん、長所と短所は紙一重だよ。それを自分がどう捉えるか。捉え方一つ変えるだけで見え方が変わるんだよ」
「たしかにそうだね。ワタシはネガティブだから何でも悪いように考えてしまう癖があるの」
「俺も信じられないかもしれないけど、基本はネガティブだよ。ただ、あらゆる視点から見れるようになっただけだよ」
「あらゆる視点からか・・・難しそう・・・」
「自分の短所だと思うことを長所に変えていくといいかも」
「わかった。やってみる」

こういうやり取りをしながらも、私は沢井麻美の話を聞きながら受け入れて共感できる部分があれば共感していった。時には泣きながら悩み事を話することもあった。そういう場合は話を受け入れて、それを温かく包んであげるようにしていった。沢井麻美がこれほど悩み事を抱えているのは、おそらく今まで一人で孤独だったからかもしれない。むしろ自分は孤独だと受け入れて諦めていたのかもしれない。しかし、今は私という本音で話せる存在がいるのだ。そして話を聞いているうちに沢井麻美のことがいろいろわかってきた。淋しさには慣れているが、本当は精神的に弱くてかなり落ち込みやすい一面があるところ、物事を深く考えることが苦手であるということ、感情的に行動してしまうところなど、私とは正反対な部分を持っているようだ。たしかにメンドクサイ人間だといってたが、私はそんな沢井麻美が可愛く見えていた。攻略実行を辞めるかどうかの分岐点はここにあったが、私はもう責任をとる覚悟はできたので続行することにした。そしていつの間にか毎晩のように電話するようになっていた。

ある日、沢井麻美が今付き合っている彼氏のことについて相談してきた。彼氏とは二年間の付き合いだが、最近はもう会ったり話したりすることもないという。それにもうお互いに好きという感情がなくなっているという。

「俺は最初から沢井さんに彼氏がいたとしても、上手くいってないと思ってたよ」
「どうしてそう思ったの?」
「だって、上手くいってるなら、最初から俺に相談なんかしてこないでしょ?おそらく彼氏の前でも本音で話せないんじゃないかな」
「そこまでわかっていたんだね。彼氏とはなんていうか・・・自然消滅?みたいな感じになってる」

私はここでちょっと小細工をしてやろうと思った。

「悩み事の相談は、もう俺じゃなくて彼氏にしてみるってのはどう?」
「それは・・・できないよ」
「俺がもうこれ以上の相談事は知らないって言ったらどうする?」
「うーん・・・それを言われたら独りぼっちになるしかないのかなって思うけど、正直、それはすごく困るかも」
「じゃあ、その彼氏の存在価値って何?」
「彼氏の存在価値か・・・うーん・・・難しいというか、何もないのかも・・・」
「だったら、もう彼氏についての悩みは結論だせるよね?」
「そうだね。うん、結論はでたよ」

彼氏についての悩み事は私の小細工で結論は出せただろう。彼氏にさえ本音で話せなかったという部分にパンチを入れるような話をしたのだ。それに、もはや沢井麻美にとって私という存在はなくてはならないものになっている。悩み相談を親身になって聞いてくれて本音で何でも話せるたった一人の存在。私はこの段階で、渦の中心に辿り着いたと確信した。あとはトドメにハートを突く方法のみだ。しかしそれはすぐに実行せず、あくまでいい雰囲気になるタイミングまで待つことにした。

会社ではいつものように明るく元気に振舞う沢井麻美と何事もなかったかのように普通に作業している私。その二人がこんな深い関係になっているとは誰も気づいていない。諦めずに言い寄っていく男性社員を見ていると哀れに見えた。みんな本当の沢井麻美の姿を知らないんだろうと思っていた。

■ 二人で過ごした夜

それから数日後、毎晩のように電話をして話していたが、なかなかいい雰囲気になるタイミングが掴めない。そもそも二人で会う機会がないのだ。こうなったらどこかに誘うか呼び出すしかないかもしれない。しかし、いい雰囲気になれるような場所なんてそんな簡単に見つからない。そんなことをあれこれ考えていたある日、沢井麻美からメッセージが届いた。内容は『今晩、いつも相談事を聞いてくれてるお礼に手料理を御馳走したいから家に来てほしい』とのことだった。その日は金曜日だったので休日前だ。これがチャンスだと思った私は『ありがとう。じゃあお言葉に甘えて行かせてもらう』と返信した。

勤務時間が終了したが、一緒に帰ったりしてるところを誰かに見られるとまずいので、沢井麻美の最寄り駅で待ち合わせすることになった。その最寄り駅に着くと沢井麻美が待っていた。

「お待たせ!時間ずらして来たから少し遅くなってごめんね」
「いいの。昨日、田舎から美味しいお米が届いたから、是非食べてみてね」
「沢井さんの手料理か・・・どんなもの御馳走してくれるの?」
「それは来てからのお楽しみ。ワタシ、こう見えて結構料理は得意なんだよ」

そんな会話をしながらブラブラ歩いて沢井麻美の家に着いた。一人暮らしなので小さい部屋かと思ったのだが、十畳ほどの広さがあってキッチンも別にあった。私はテーブルに座ってテレビを見ながら待っていてほしいと言われた。キッチンでは沢井麻美が料理を作っている。女性の部屋にいるというだけで少し緊張していたが、いい雰囲気になれるとすれば夕食後だと思った。「お待たせ」という声がした。そして沢井麻美が持ってきたのはビーフストロガノフだった。かなりいい匂いがして美味しそうだ。

「これ、沢井さんが作ったの?すごいね!」
「こんなの別に難しくないよ。ワインもあるから飲んでね」

やはり料理が得意というのは本当のことで、手作りのビーフストロガノフはかなり美味しいと思った。一緒に出されたワインも少し高級な感じがした。夕食が終わるとワインだけが残っていたので、少しずつ飲みながら二人で何気ない会話をしていた。いつもは悩み相談の話題ばかりだったが、今日はお互いの趣味の話や音楽の話で盛り上がっていた。

ずいぶん話し込んでしまったのか時間は既に22時を過ぎていた。結局、盛り上がる話はしたもののいい雰囲気にはなれなかった。また機会があるだろうと思って私は立ち上がった。

「こんな時間になってしまったね。俺そろそろ帰るね」

そう言った瞬間、沢井麻美も立ち上がり私の腕を掴んだ。

「ちょっと待って・・・」
「え?どうしたの?」

少しの間だけ沈黙が続いた。そして沢井麻美は呟いた。

「今夜はずっといてほしい・・・」

その言葉を聞いた私は今がいい雰囲気であると思ったが、いきなりだったので少し動揺していた。

「それって今夜は帰ってほしくないってこと?」
「うん・・・」
「それがどういう意味なのかわかってる」
「わかってる・・・」

私はついにこの時を迎えることになったのだと確信した。そして、沢井麻美の体を強く抱きしめた。

「俺が、沢井さんの全部を受け入れてあげるよ」
「ありがとう・・・嬉しい・・・もう好きにしていいよ」

私は抱きしめながらベッドに押し倒してそっとキスをした。柔らかい唇の感触と胸の鼓動が聞こえてくる。何度も何度も口づけを交わした。そのまま二人は体の関係まで発展した。ついに多くの男性社員の憧れだった沢井麻美を攻略した瞬間だったといえる。ここまでの道のりは長かったように感じたが、私は達成感と満足感に満ち溢れていた。

それから二人の関係はしばらく続いて、私も何度か沢井麻美の家に訪れることはあったが、お互いに付き合おうとは言わなかった。もしかすると沢井麻美も付き合うのとは何か違うと思っていたのかもしれない。次第に私の熱も冷めてきたようで、連絡する回数が徐々に減っていった。そして私は会社を退職して、いつの間にか二人の関係は自然消滅していった。
こんな形で終わってしまったが、沢井麻美との関係は私の中でいい思い出になっている。
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