キャリアウーマンの攻略

このストーリーはフィクションであり、登場人物名などは仮名(架空)であり、実在のものとは関係ありません。

■ 懇親会での出来事

7月末で会社を退職した私は、次の就職先が見つからず、ある派遣会社に登録をしていた。派遣会社からとあるゲーム会社の合同面接が行われ、私を含めた5名の派遣社員が採用された。猛暑日が続く8月中旬からゲーム開発のプロジェクトメンバーとして半年契約で勤務することになった。
勤務をはじめてから9月に入ったある日、プロジェクトリーダーから懇親会をしないかという誘いがきた。同じ派遣会社のメンバーだが、仕事以外であまり話したことはなかったので、私は参加することにした。もちろん他の派遣社員も全員参加することになった。

懇親会は19時から近くの居酒屋で開催された。参加者は同じ派遣会社のメンバー全員を含めて8名で、他3名はゲーム会社の社員で同じプロジェクトメンバーである。プロジェクトリーダーが乾杯の音頭をとり、周りはざわざわと会話をしはじめた。私はいつものように端っこの席に座っていたのだが、その隣の席には同じ派遣会社の新城彰が座っていた。新城彰は私と同じ年齢で、背丈は私と同じくらい、クセのある短い黒髪をいつも立たせていて、少し色黒でがっちりした体型、まさにワイルドな感じといった男性だ。私は黙って一人でいるのも周りに気を遣わせてしまうかと思い、新城彰に話しかけてみた。出身地はどこか、趣味や好きな音楽の話など、何気ない会話をしていった。結構話が盛り上がりお互いに何かを打ち解けあった感じであった。そんな会話をしているうちに突然、新城彰が話を切り出した。

「ところでさ、あそこにいる樫葉さんってどう思う?」
「どう思うって結構、キツそうな感じはするけど・・・」

それは樫葉奈緒のことで同じ派遣会社のメンバーの一人だった。私より一つ年下で、背丈は160cmに満たないくらいで少し長めにしたショートヘアーに黒髪、キリっとした目に鼻筋が通っていて整った顔立ちの超美人といえる。性格は表面上かもしれないが、強気で人にハッキリ物事を言っえるタイプで、いつもビシッとした態度でいるキャリアウーマンといった感じだ。話し方もボーイッシュなところもあり、仕事も完璧にこなせて、何でも一人で解決するように見える。そんな樫葉奈緒は派遣社員の中でもひときわ目立っていた。

「俺さ、樫葉さんに惹かれてるんだよなあ。見た目はあんな感じだけど、本当は淋しがり屋で弱い部分があるとみているんだけどさ」
「へえー新城がね・・・そうなんだ。それだったら今から話しかけてみたらどう?」
「今はまずいでしょ。雰囲気ってもんがあるからさ」
「それにしても本当は淋しがり屋だとか弱い部分があるとか、どうしてそんなことわかるの?」
「だって表面的にあんな感じなんだぜ。絶対、あれ無理してると思うんだよ。実は俺、恋愛テクニックに興味があってさ、そういう講座に通ってたことあるから、なんとなくわかるんだ」
「そうなんだ。奇遇だね。俺も恋愛心理学とかテクニックとか勉強してきてるんだよ」
「お前もか!これは心強い味方がついたわ。樫葉さんを口説く方法、実はもう考えてるんだけど聞いてくれるか?」
「どんな方法か聞かせてほしいね」

新城彰の考えた方法とは、樫葉奈緒と連絡交換をして、ときどき電話をして話す。相手の弱い部分や悩み事を聞き出して受け入れて共感し、いたわってあげる。そして相手の心を温かく包んであげられるような存在になって、雰囲気がいいところで相手のハートを突くという。相手の性格からして褒め言葉やマメな気遣いをしてもあまり効果は薄そうなので、心と心で話してわかり合っていくという方法だ。基本的な恋愛テクニックといった感じだが、効果はありそうに思えた。

「こんな感じの方法だけどさ、お前はどう思う?」
「そうだねえ・・・樫葉さんの性格からして、その方法で効果はあると思うけど、そんな簡単に心開いてくれるかな?」
「そこは俺の会話術と恋愛テクでなんとかしてみせるさ」
「まあ、頑張ってくれと言っておくよ」
「ありがとな!俺、とりあえず樫葉さんと連絡先の交換してみるよ」

そんな話をした後、新城彰は隙を見て樫葉奈緒の席の隣へ移動していった。それにしても恋愛テクニック講座なんてあったのかと少し驚いていた。おそらく基本的な会話術と恋愛テクニックを学んだんだろう。本当に難しいのはそれを自分らしく使うことなのだが、新城彰がこれからどう行動していくのかに興味があった。
懇親会が終わった帰り際に新城彰が「樫葉さんと連絡先の交換ができた」と嬉しそうに話しかけてきた。これからが勝負か・・・そう思った私は今後、どうなっていくのかが楽しみだった。

■ 方法敗退

懇親会が終わってから新城彰はときどき樫葉奈緒と電話で話すようになっていた。予想通り淋しがり屋で弱い部分があり悩み事もたくさんあるという。そういう樫葉奈緒の悩み事を親身になって新城彰は聞くようにしていた。極力アドバイスは控えるようにして話の内容や感情をありのままに受け入れるようにしていたようだ。そうして二人は親密な関係になっているかのように見えていた。私はときどき新城彰から「樫葉さんってあれでいて結構精神的に脆いところがあったり、孤独で淋しがり屋なところあったりするみたいだ」などの話を聞いていた。表面的には強気でビシッとした樫葉奈緒もそういう一面があるんだという程度に思っていた。
それから一ヶ月半ほど経ったある日、新城彰が嬉しそうに話しかけてきた。

「次の休日にさ、樫葉さんとデートすることになったんだ。もうテンションマックスだわ!」
「そうなんだ。樫葉さんがデートに応じたんだね」
「まあ、二人で夕食後に夜景でも見に行こうってことになってさ。もうそろそろいい雰囲気だし告ろうかなって思うんだけど、どう思う?」
「俺は二人の関係がどこまで発展してるかわからないからなんとも言えないけど、いい雰囲気だったらいいんじゃないかな」
「あーマジでドキドキしてきた!」

新城彰の考え出した方法は成功まであと一歩まできたということか。ただ気がかりなのは今の段階で告白するのはタイミング的にどうなのかということだった。しかし、二人がどんな親密な関係になっているかは私にはわからないので、何も予想できなかった。そして週末、かなりの晴天だった。空気も澄んでいて綺麗な夜景を見る事ができるだろう。そこでいい雰囲気になり新城彰は告白するのだろう。週明けにはカップルとなって出勤してくるのかもしれない。そんなことを思いながら私は休日を過ごしていた。

週明け、私はいつものように出勤すると、まるで重度の精神病にでもかかったかのような姿の新城彰がいた。相当落ち込んでいるように思える。私から声をかけようと思ったが、誰も近づくなという雰囲気を漂わせていた。私は告白が失敗したのだと予想はついたが、元気づけるにも近寄りがたい。私の存在に気づいた新城彰が近づいてきた。そして話しかけてきた。

「俺、ダメだったわ・・・」
「ダメだったって告白してフラれたってこと?」
「うん・・・一緒に夜景見てる時、いい雰囲気だったから告ったんだよ。そしたらさ『ゴメン、あんたとは付き合えない』って断られた」
「そうか・・・まあ今はキツイかもしれないけど、またいい出会いがあるだろうし、早く立ち直ってね」
「ありがとな。でも、俺のやり方って間違ってたのかなって思ってさ・・・何がいけなかったんだろうって考えてもわからなくてさ」
「うーん、それはわからないけど方法は間違ってなかったと思うけどね」
「それでも口説けなかった・・・ってことか。まあもう諦めるよ」
「まあ、今後の踏み台になると思って元気だしてね」
「うん。マジありがとな」

二人の関係がどこまで発展していて、どのタイミングで告白してフラれたのかはわからないが、新城彰の考え出した方法にそこまでの間違いがあったとは思えない。それでもフラれる結果になったということは、その方法に何か見落としがあったのかもしれない。それか、樫葉奈緒はその程度では簡単に口説けないほど難しい存在なのか。私はそんなことを考えているうちに、だんだん気になって仕方なくなってきた。この真相が知りたいと思った私は「聞きたいことがある」と言って樫葉奈緒を人気の少ない階段の踊り場へ呼び出した。

「それで、聞きたいことって何だ?」

余裕があり強気な態度の樫葉奈緒。

「いや、突然呼び出してごめんね。新城から話を聞いたんだけどね」
「その話か。それがどうした?」
「なんというか、断られたって聞いたんだけど、どうしてかなって思ってね」
「あんたには関係のない話だろ。なんでアタシにそんなことを聞くんだ?」
「俺も一応、新城からいろいろ話聞いてたから気になってね」
「そうか。まあ、アタシには物足りなかったって言えばわかるか?」
「物足りなかったって何が?」
「新城は自分というものが薄いといえばいいのかもしれんな」
「なるほど。だから付き合う気にならなかったってわけだね?」
「そういうことだな。話はそれだけか?」
「あ!よかったらさ、俺とも連絡先の交換してくれない?樫葉さんとゆっくり話してみたいんだよね」
「あんたもアタシに興味があるのか?」
「ああ、興味はあるね」
「わかった。ほらっアタシの携帯だ」
「じゃあ、これ俺の番号入れといたから」

私は思わず連絡先の交換をお願いしてしまった。樫葉奈緒という存在に興味を持ちはじめたからだ。意外と簡単に連絡先を交換してくれたのには驚いた。しかし新城彰がフラれた理由について気になる。キーワードは『物足りなかった』、『自分というものが薄い』という二つになるが、それは一体何を意味しているのだろうか。自分というものが薄いということは個性がないということか?私はもう一度、新城彰が考え出した方法について頭を整理してみた。その方法のどこかにこのキーワードに当てはまる部分があるはず。そういえば悩み事がたくさんあると言ってたが、それをどのように聞いていたんだろう。ふと私の頭の中であることが思い浮かんだ。もしかして!?だとすれば、大きなことを見落としていたんではないだろうか!

■ 強気で弱気の悩み相談

私は推測したことを確認するために新城彰に話しかけた。

「新城、樫葉の悩み事をいくつか聞いていたんだよね?」
「そうだよ。樫葉さんは意外と悩み事が多くて精神的に弱いところあったからさ。親身になって聞いてあげてた」
「親身になって聞いてあげて、いたわってあげてたんだよね?その時、自分の意見を言ったことはなかった?」
「自分の意見?俺はさ、極力アドバイスはしたくなかったから、自分の意見より樫葉さんの意見を尊重するようにしてたけどな」
「やっぱりそうか・・・」
「やっぱりってお前、何かわかったのか?」
「自分の意見もぶつけてみるべきだったと思うよ」
「よくわからないけど、もういいよ。俺は諦めたからさ」
「あと、ちょっと言いにくいんだけど、俺も樫葉さんに興味を持ってしまった。ただ、新城が諦めたくないって言うなら手を引くけどね」
「お前も樫葉さんの魅力に惹かれたか・・・いいよ。もう諦めたから、俺に気を遣わなくていい」
「そうか。ありがとう」
「でも、お前がやる気ならそれでいいけど、樫葉さんは簡単じゃないから覚悟しとけよ」
「ああ、俺なりのやり方でやってみるよ」

私は樫葉奈緒に興味はあったが、恋しているとは言えない。ただ、私の好奇心が掻き立てられているのだ。あの樫葉奈緒を攻略したい。ただそのことだけで頭がいっぱいになっていた。そして私なりの攻略法を考えてみた。基本ベースは新城彰の方法でいいのだが、それだけだとただの会話術と恋愛テクニックだ。私らしさもなければ、そこには見落とした部分がいくつかある。私という人間をさらけ出して真っ向から意見をぶつけていく。意見が割れた時はお互いの意見を尊重し合えばいい。もう一つはあるタイミングで好意があるということを相手に意識させること。これも抜けていた部分だろう。あとは樫葉奈緒も女性なのだ。その女心を揺さぶってハートを突けばいい。そのタイミングはそういう雰囲気になった時にさりげなく迫ればいい。ただし、実行中に私が何の感情も抱かなければ、どこかで中断しなければならない。そのことを考慮して攻略法は決まった。私は早速実行していくことにした。

ある日の夜、私は樫葉奈緒に電話をした。

「突然電話してごめん。今、話できるかな?」
「あんたか。今は大丈夫だ。突然どうした?」
「いや、この前、新城から樫葉さんって精神的に脆いって聞いたんだけど、それが気になってね」
「ああ、アタシは精神的に脆いというより弱いと言ったほうがいいかもな」
「精神的に弱い?どういうこと?」
「アタシは基本、自分の悩みは自分で解決させたいんだ。悩み事なら腐るほどあるんだが、自分で悩みを解決させようとしても、悩みの原因がわからず苦しい時があるんだ。普段のアタシからは想像できないかもしれないけど、苦しくて涙が出ることだってある。一番の悩みはそんな精神的に弱い自分を変えたいってことなんだ」
「なるほど。でも悩み相談を新城に聞いてもらってたんじゃないの?」
「新城には悩み事を聞いてもらっていたが、ちょっと精神的に楽になるだけで、結局原因が掴めない。つまり悩み事の解決にはならなかった」
「そうなんだ。悩み事が腐るほどあって、それを全部、自分で解決したいって思ってるわけだね?」
「そういうことだな。アタシはこんな性格だから、こんな悩みを持ってしまっているんだと思うこともある。でも全ては自分の悩み。人に話したところで解決なんてできると思わない。アタシの悩み事だから原因を突き止めるのも自分でしかできない。そう思わないか?」
「樫葉さん、申し訳ないけど、俺はそうは思わないよ。人に話したほうが早く解決することもあると思う」
「あんたは自分の悩みを人に話して解決するタイプなのか?」
「いや、俺は自分の悩みは自分で解決させるタイプだよ。俺の悩みを聞いてくれる人が周りにいないっていうのもあるけどね」
「だったら、アタシと同じだな。あんたはそんな時、精神的に苦しくないのか?」
「苦しい時もあるけど、俺の解決方法は樫葉さんのやり方とは違うからね」
「やり方が違う?どういうことだ?」
「どうも樫葉さんの話を聞いてると、原因追及に捉われすぎてるってことだよ。原因がわかればそれが解決への道だと勘違いしているように思えるんだよ」
「悩みの原因がわからないと解決方法がわからないだろ?違うのか?」
「俺は悩みを抱えた時、それがどうなっていれば解決したことになるんだろうってイメージする。そして、そのイメージしたものに近づいていくための行動を考えて実行していくって感じかな。つまり問題解決への目標を立てて、それに向かって行動していくってことだよ」
「なんとなくだが、言ってることはわかる気がする」
「原因なんて考えてたらキリがないからね。例えば、樫葉さんは風邪をひいたら、どうして風邪をひいたのかって原因を追究する?それより風邪を治す行動をしていくよね?それと同じだよ。原因なんて追究してもそれが的確かどうかもわからないし、原因がわかったところで問題が解決したってことにはならないよね?」
「たしかにその通りかもしれない。アタシは原因追及にこだわりすぎてたってことか」
「あと、樫葉さんは精神的に弱くなんかないと思う。一人で必死に悩みを解決させようとして涙まで出すって、よほどの精神力じゃない限り耐えられないと思うよ。つまり精神的に弱いことが問題じゃなくて、いい解決方法を知らなかったってことだよ」
「そういうことか。あんたの言う通り、アタシは何やら勘違いをしていたようだ。頼む、もう一度、あんたの解決方法を言ってくれないか?」
「つまりその悩みはどうなっていれば問題解決になるのかイメージして目標を立てる。そしてその目標に向かって行動していくって感じかな。原因追及や無駄な自己分析なんかしても時間の無駄だからね」
「アタシは無駄な時間を使っていたのかもしれないな。あんたのそのやり方、真似させてもらうよ。最初は上手くいくかわかんないけどな」
「未来志向ってことだね。それともう一つ聞きたいんだけど、どうして樫葉さんは何でも一人で抱えようとするの?」
「それはアタシが孤独だって自覚してるから、と言えばわかるか?」
「俺だって孤独だって自覚してるからわかるけど、利用するもんは利用すればいいって思うけどね」
「まあ、この話は今度にでもする。それよりあんたもこれまで相当苦労してきただろ?」
「ああ、たぶん俺の人生は普通の人とは違う路線で生きてきたからね」
「そうか、違う路線ということか・・・」
「どちらにしても人間の小さな頭では超越したものにはなれないってことを知らされたってことかな」
「あんた、面白いこと言うね。人間の小さな頭か・・・なるほどな」
「樫葉さん、また電話してもいいかな?もっといろいろ聞いてみたいこともあるし」
「別に構わんよ。アタシもあんたと話してると面白い。いつでも大歓迎さ」

この後、適当な話をして電話を切った。職場で何度か仕事の話をしたことはあったが、これほど濃い話をするとは思わなかった。それにしても樫葉奈緒という存在はどこか私と共通している部分がある。いや、むしろ昔の私を見ている気がした。それにもう自分は孤独だと自覚している。おそらくもう世間というものを見限っているんだろうと思う。私はそんな樫葉奈緒に好意を抱いてしまっていた。

その後、何度か樫葉奈緒と電話で話をした。私なりのやり方で意見をぶつけあったり、悩み事は親身になって聞いていたわってあげたり、時には問題解決の手助けまでするようにした。表向きは強気でビシッとした態度でありながら、私と話をするときは自分の弱さを素直に出している。そろそろタイミング的に次の段階へ移行しないといけない。今の段階だとまだ友達以上という関係でしかないのだ。

■ 恋愛意識

樫葉奈緒との関係は親密なものとなっている。今の段階では友達以上恋人未満という関係でしかない。これを発展させるには、このタイミングで私が好意があると意識させる必要がある。しかし、相手は強気でビシッとした態度をした美人なのだ。会社内でマメに気遣ったり、さりげなく褒めてみても効果は薄い。それにそんなことを会社内でしてしまうと目立ってしまって噂になりかねない。ここは電話でさりげなくそういう発言をするしかないのだ。しかし相手はかなり頭のいい女性なので、下手な言い回しをしてしまうと、好意を持っていると確実に認識されてしまう。あくまで”好意があるんじゃないか?”というレベルで意識させることが重要なのだ。きわどい発言をしなければならないが、それをどうするか悩んでいた。とにかく話の流れで気に入ってると言えばいいのではないか?告白ではなく気になる人という感じを伝えれば何かしら意識するかもしれない。次の話は恋愛について話をしてみることにしよう。

ある日の夜、樫葉奈緒に電話をかけた。

「もしもし、こんばんは。今は大丈夫?」
「あんたか。今は大丈夫だ」

樫葉奈緒は以前と違って明るくなっているようだ。私の悩み解決方法を使って効果がでているのかもしれない。

「ちょっと聞きたいんだけど、樫葉さんってかなり美人だけど、どうして彼氏とか作らないの?」
「アタシってそんなに美人だと思うか?」
「うん。かなり美人だと思うよ」
「それはありがとうと言っておく。アタシが彼氏を作らない理由か・・・まあ、なんだ、アタシはこんな感じだから近寄ってくる男なんていないのかもな」
「近寄ってくる男がいないってことはないと思うけどね。樫葉さん、魅力的だから誰かから密に想われてるかもしれないよ?」
「そんな男がいたら紹介してくれ。でもくだらない男はいらないけどな」
「樫葉さんにとってどんな男が魅力的なの?」
「そいつは難しい質問だなぁ。アタシのことを見てくれて理解してくれる男に好きだって言われたらグッとくるかもな」
「樫葉のことを見て理解できる男か・・・新城はそうじゃなかったわけだね?」
「まあそういうことだな。でもなんでアタシの好みのタイプが気になるんだ?」

ここだ!このタイミングで言えばいいのだ。

「いや、俺、結構、樫葉さんのこと気に入ってるから、なんとなく気になってね」
「あんた、アタシのこと気に入ってるのか?」
「樫葉さんと話してると楽しいし、それに魅力的だからね。どんな男がタイプなのかなって聞いてみたんだよ」
「そうか。嬉しいこと言ってくれるじゃないか!褒めても何もでないぞ」

これだとまだ意識は薄い。もう少し大胆な発言をしてみようか。

「いや、褒めてるんじゃなくて事実を言ってるだけなんだけど・・・樫葉さんの彼氏になれる人って羨ましいって思うよ」
「アタシの彼氏になれる人が羨ましいって、あんた、本当にそう思ってるのか?」
「思ってるよ。こんな美人で魅力的で、頭のいい女性と付き合えるわけだからね」
「だったら、あんたが彼氏になってみるか?」
「えっ?」
「って冗談だよ・・・あははは」

この発言には少し驚いたが、冗談だったのか。しかしまだ意識が薄い。もう少しだけ大胆発言をしようか。

「冗談かぁ・・・残念だなぁ。それだったら俺めちゃくちゃ嬉しかったのになぁ」
「なんだ、あんた、もしかして本気でアタシに惚れてるのか?」
「まあ惚れてるというか、気に入ってるといったほうがいいのか、どっちかわからないや」
「どっちかわからないって意味がわからんぞ!」
「俺も自分で言ってて意味がわからんようになったよ。まあ少しは本気だったって言っておくよ」
「少しは本気だったか・・・なるほどな。それにしても、あんた変わってるな」
「俺は昔から変わり者って言われていたからね。でも何が変わってると思ったの?」
「アタシなんかと話して楽しいとか、気に入ってるとか、少し本気だとか、普通そういうこと言わないだろ」
「いや、俺の感情的に複雑な部分があってね。でも俺、樫葉さんっていいなって思ってるよ」
「あんた、相当アタシのことが好きなんだな?」
「ああ、相当好きかもね!」
「改まって言われると照れるじゃねえか!」

よし!意識しだした。告白の一歩手前の発言までしておくか。

「俺だってこんなこと言うの照れるよ・・・だって・・・その・・・相当好きかもだなんて」
「おいおい、あんたまで照れるなよ。アタシだって言われて恥ずかしいことだってあるんだよ」
「俺だって恥ずかしいよ。美人だとか魅力的だとか言ってるけど結構恥ずかしいこと言ったんだから」
「まあ、その・・・なんだ・・・これ以上は恥ずかしいし照れるから話はこのくらいにしておこう」
「わかった。俺も恥ずかしいし照れるから別の話しよう」

私も自分で言ってて顔が赤くなるくらい恥ずかしいが、このくらいまで言っておくと意識するだろう。
その後は何気ない会話をして電話を切った。今回は恋愛を意識させるという作戦だったが、何かしらの感情の変化はあるだろう。次に電話した時にもう一度くらい恥ずかしくて照れるような発言をしておくか。そして、次に電話で話した時も「俺は樫葉さんのこと相当好きだからね」と発言しておいた。その発言をした後、お互いに恥ずかしくなり照れている。もう完全に意識しているのは間違いない。このままあと数回は電話で話しておいて、タイミングがきたらどこか行こうって誘うことにしよう。

■ 夜景デートと結末

もう二人で十分に話して出来る事はやった。あとは相手のハートを突くのみなのだが、そのためには誘わないといけない。しかし、なかなか誘うタイミングがない。こうなれば、会社内で直接誘ってみようかと思った。私は樫葉奈緒の席に行って今週の金曜日、勤務終了後に二人でドライブでも行かないかと小声で誘ってみた。

「金曜日の夜か。別に何の予定もないから構わんよ。あんた、その日は車で出勤するのか?」
「ああ、車で出勤するよ。適当に夕食をとって、いいところ案内するよ」
「わかった。じゃあ楽しみにしてるからな」

これで樫葉奈緒を誘うことができた。私は新城彰と同じ状況で告白しようと思っているのだが、連れていくのは人がほとんどこない穴場を予定している。そこでいい雰囲気になった時が勝負なのだ。

金曜日、勤務時間が終了して駅前で待ってもらった。車をとりに行って駅前に行くと樫葉奈緒が待っていた。「お待たせ、じゃあ車に乗って」と言って助手席に乗った。車を走らせながら夕食はどこでとるのか考えていた。

「樫葉さん、夕食は何がいい?」
「何でもいいが、しいていえばラーメンがいいな。アタシはラーメン好きなんだ」
「奇遇だね。俺もラーメン好きなんだよ。豚骨でいいなら途中にあるけど、そこでいい?」
「豚骨好きだから、そこでいい」

夕食がラーメン屋とは雰囲気があまりよくないが、勝負はそこではない。途中にあるラーメン屋に立ち寄ってカウンター席で二人並んで食べていた。店を出ると辺りはすっかり暗くなっていた。そして車を山のほうへ走らせていった。

「それにしてもすごい細い道だな。あんたが案内してくれるいいところは山の中にあるのか?」
「ああ、もうすぐ着くよ」
「山の中ってことは、まさか夜景スポットか?」
「そうだよ。人にあまり知られていない穴場があるんだよ。すごい夜景を見せてあげるよ」
「新城とも行ったけど、男ってのは夜景が好きだな」
「まあ、そこらにある夜景とはちょっと違うから、期待しててね」

駐車ポイントに到着して、用意していた二つのペンライトを出して、一つを樫葉奈緒に渡した。

「ここから数分、徒歩で行くんだよ」
「ヒールだから山道を歩くのは無理だぞ」
「いや、ずっと舗装道だからヒールでも大丈夫。登りがしんどいと思うけど少しだから頑張って歩いてね」
「わかった。体力には自信があるから大丈夫だ。しかし本当にこんなところに夜景スポットなんてあるのか?」
「まあ、騙されたと思ってついてきて」

少し急坂を登りながら、暗い山道を歩いていく。樫葉奈緒は息を切らさず歩いているので体力はあるんだろうと思った。そして坂道が終わると平坦な道を歩いて行く。だんだん向かっていく方向が明るくなっていく。まさに夜景の光だ。夜景スポットの周りは芝生になっており、少し丘になったところにベンチがある。目的の場所に近づいてきた時、私は「俺がいいって言うまで下を向いていて」と言って、樫葉奈緒は下を向きながら歩いていった。そして丘の上に立った瞬間、「樫葉さん、顔をあげていいよ」と言った。
そこには凄まじい光量と都会に伸びていく道路のラインと海まで見えるほどの奥行、視界が広く市街地との距離が近い大迫力の夜景が広がっていた。樫葉奈緒は感動しているのか、その光景を見ながら黙り込んでいる。少し風が吹いていたが、そこまで寒さは感じなかった。すると「なんだこれは?」と樫葉奈緒がボソッと呟いた。

「これが樫葉さんに見せたかった夜景だよ。どうかな?」
「これは夜景というレベルを超えてるぞ。もはや何かものすごい絶景を見ている感じだ」
「そう言ってくれると、連れてきた甲斐があったよ」
「しかし、あんた、こんなところをよく知ってたな」
「俺は登山もするからね。この辺の山のことは知ってるんだよ」
「そうか。それにしても久しぶりに感動させてもらった。ありがとう」

しばらく二人で夜景を眺めていた。ここには誰もいないし、今のこの雰囲気はバッチリだ。しかも樫葉奈緒を感動させることもできた。そろそろ告白するかと心に決めた。そして私は話を切り出した。

「樫葉さん、伝えたいことがあるんだよ」
「アタシもあんたに伝えたいことがあるんだが、あんたの伝えたいことって何だ?」
「え?そうなんだ。だったら樫葉さんの伝えたいことから聞くよ」

樫葉奈緒は少し顔を赤くしながら私の前に立った。

「アタシはあんたのことが相当好きだ」
「え?それは・・・」

私が続けて話をしようとした瞬間、樫葉奈緒が突然キスをしてきた。少しの間だったが、唇と唇が重なり合っている。私は頭の中が真っ白になっていた。私が告白しようと思ったが、逆に先を越されて不意を突かれてキスまでされたのだ。キスが終わると顔を赤くした樫葉奈緒が立っていた。いつもは強気でビシッとした態度をしているが、今はそれとは全く違った表情だった。そこにいるのは純粋な乙女ともいうべき一人の女性だ。

「そ、その・・・なんだ・・・アタシの伝えたいことはわかったか?」
「う、うん・・・すごく伝わってきたよ」
「そうか・・・それで、あんたの伝えたいことってなんだ?」
「樫葉さんと同じことを伝えようと思ったんだよ。先を越されちゃったけどね」
「そうなのか。それは奇遇だったな」
「樫葉さん、俺達、付き合おうか」
「あんたがいいなら付き合ってもいいぞ」
「俺のどこを好きになったか聞いてもいい?」
「あんたは、アタシを変えてくれた。おかげで悩み事も解決できた。それにこの夜景もそうだけど、あんたはアタシの知らないことをたくさん知ってる。そういうところに惹かれたんだと思う」
「そっか。俺もそういう樫葉さんに惹かれたって感じかな」

こうして私と樫葉奈緒は付き合うことになった。最後は少し計算が狂ったが、私が考え出した攻略法は見事に成功したと言えるだろう。
それから毎晩のように電話で話したり、ときどき二人でデートするようにもなった。それから契約期間が終わり、二人の関係はしばらく続いていったのだが、電話で話す回数が次第に減ってきた。

そしてある日、樫葉奈緒は「あんたと一緒にいるとアタシは成長できない」と言い出した。たしかに私はかなり悩み相談を支援してきたと思う。付き合ってからはもう私を頼るようになっていたのだ。そういう自分に気づいたのだろう。私はそのことを了承して、二人の関係を終わらせることにした。それはお互いに話し合った結果のことなので悔いはない。樫葉奈緒という存在と出会って親密な関係になったことは、私にとって大きな経験になったんだろうと思う。
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